先生

数々の巨人を先生と呼んでまいりました。

諭吉先生、オイラー先生、漱石先生、私の中の三大先生はこの方々です。私のこころの師匠なのです。諭吉先生については学問のすすめしか知らない、オイラー先生については数学ガールで紹介されている程度しか知らない、漱石先生については著書に触れたのが幾つかと松山観光程度の経験しかない。それでもわたしが生きる上で何が肝要なのかをビビビと教えて下さった(気がする)のです。諭吉先生からは価値観を、オイラー先生からは計算を、漱石先生からは一歩引き観察することを学んだ気がするのです。

ほかに私が敬愛する先生と言えばどなただろうな。ファラデー先生は入る。イメージを具現化することがどれだけ尊いかが分かった。デカルト先生も入る。自己と周囲を切り離し周囲を対象化する手法を学んだ。ほかにもいるんだろうけれども、今は酔っぱらっていてすぐに思いつかない。

彼らを紹介するときはどうしても熱が入ってしまう。ファラデー先生は中学生にでも紹介できる。「ファラデーはどうしてもそれが離れた場所に働く力だと思えなかった。何かが先端から放出され、放出されたものが退け合ったり近寄らせたりすると考えた、だから磁力線を書いた。」とでも説明すれば、案外生徒は食いついてくれる。理科に興味のない生徒でさえそうだった。自分たちが見ている物事は、彼にとってはまるで違う景色に見えているのだとでも、思っていただけただろうか。それは非常に大切なことなのだな。

私は先生として務めを果たせたのだろうか。羽毛一本が触れるくらいには、生徒に何か新しい知見をもたらせたのだろうか。そうであれば本望だと思う。彼の大先生たちは私の全身を剣山でぶっ刺した。そこまでのパワーが私にあるとは思わないが、ほんの易しい一撫でだけでも、何かしら生徒に刺激を提供できていればと思う。

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