『反日「非核」』の欺瞞!

鍋山貞親共産党をたたく12章」有朋社.昭和48年〕

「最近巷間に流布されている文書に,中国共産党の意図する日本解放工作の,綱領めいたものがある.それにも,当面の政権構想として,民主連合政府なるものが,あげられてある.この民主連合政府は,おそらく,日本の共産党が,唱えかつ求めているのとは,違うものであろう」

「それに,右の文書がいう民主連合政府とは,日米安保条約の破棄などを,主要課題とはしていないようである.政策的にはきわめてあいまいな政府である.その政府の役割は,次の段階たる人民共和制に移るための,過渡期を担任することに,つきるものと,されているようである.ひどく不安定な臨時政府的なものが,想定されているらしいのだ」

「ただ,どちらにしても,さような政府が出現すれば,わが国政治の全般が,収拾しがたい混乱の不安定に陥ることは,間違い無いと言ってよい」

{日共の綱領}

「これがはしなくも,中国が日本で画策していると言われる民主連合政府と,共通するのである.いずれも,次の段階へ移行する過渡的な政府としている点で,同じことになる.過渡的な政府ならば,なるべく安定しない方がよい.その政府のもとで,事態が安定せしめられると,過渡的政府でなく,長期持続の政府になってしまう.それでは,過渡期的橋渡しの役割が,演じられない.それを考えると,中国的構想の,政策をあいまいにしたものの方が,いっそう目的にかなっているとも,言えるのである」

「これらの類似性を見ていくと,日中両共産党が,それぞれ別に狙っている民主連合政府も,仮にそれが実現可能と思われる情勢になるとせんか,案外容易に,二つの企画は,結びつくかも知れぬのである.両者が話し合ったり,協定を取り決めての結合とは限らぬ.情勢が期せずして,両企画を合流せしめてしまうという結合である」

「その結果は,でき上った民主連合政府の対外関係が,いやでも中国寄りにならざるを得ないのは必至である」

「(中略)民主連合政府なるものを,問題にする場合,日本の共産党が,それを唱えかつ求めているだけでなく,中国の方からも,似たような構想が,打ち出されていることを,見落すわけに行かぬのである.ことに,日本の共産党が言う民主連合政府は,国の安全について,これを全くの空白にすることとなっているため,その面からの考察が重要である」

「日本解放工作」は反日左翼の反米政策と一致している.中国は日米離間工作を推進!

鍋山貞親共産党をたたく12章」有朋社〕

部分的核実験停止条約に反対,中国擁護の狂惨党!

「この条約は,ソ連とアメリカの合意によって,できたものである.」「しかし,ようやく核実験を始めたばかりの中国としては,断じて承服しがたい.」「中国のかかる立場を支持して,日本共産党も,核実験停止条約に反対なる旨を,中央委員会総会で決定したのだ」(1964年にソ連共産党と対立し,中国寄りとなる).

「ところが,この日中両国共産党に見られた蜜月は,わずか二年足らずで,破鏡せざるを得ないことになった」(アメリカのベトナム介入にソ連と協調して対抗する日共の提案に)中共側は「(中略)あくまでも反ソ反米の統一戦線でなければならぬと頑張り,ついに両者とも,歩み寄る余地を見出だし得なかった」

(1966年北京訪問)

「ところが,もう一つ,そしてはなはだ深刻な意見の衝突が起ったのである.それは,中国側から日本共産党の戦術に向けられた批判である.議会制民主主義の原則重視を唱え,もっぱら合法的に,平和的に終始しようとしている日本共産党の戦術を修正主義だと非難したのだ.武装闘争の必要を認めることにたじろぐ,日本共産党の怯懦をなじったのである」

(中共は「文革」で公然と日共を非難)

紅衛兵を名乗る若者たちが,大字報と称する壁新聞を使い,日本共産党の宮本一派を修正主義集団と呼び,腰抜けの卑怯者とも言わぬばかりの冷嘲的非難を浴びせかけたのである」

「そこで宮本らも売られた喧嘩は,買って出るほかなしとばかり,毛沢東らに攻撃の鉾先を向けて,激しい応酬をすることになった.しかも言論的応酬だけではない」

「北京の空港では,日本共産党の北京駐在代表であった砂間一良や「赤旗」特派員紺野らが,半死半生の目に会わされたり,東京文京区の善隣会館で警視庁の機動隊が出動して,阻止にあたらねばならぬほどの集団的乱闘を,何度もくりかえすというエキサイトぶりである」

「中国の方では世界における四つの敵として,アメリカ帝国主義,ソ連社会帝国主義,日本の反動勢力,宮本修正主義集団をあげ,機会ある毎に,激しい敵意を示すようになった」1965年インドネシアで「9月30日事件」が起きたが,東南アジアで勢力拡大を図った中共はアイジット書記長が率いる共産党を唆し陸軍首脳らを襲撃するクーデターを図り失敗.幸い中国には海軍力はなかったが,当時の中共は革命輸出に熱心で武闘路線を強要した.

原爆ドーム周辺で署名活動 核兵器禁止条約会議開催前に

(朝日新聞デジタル - 03月21日 23:21)