五社協定下の日活が、自社若手俳優総出演で展開する恋愛狂想曲。中平康監督「誘惑」(1957)。

僕は吉永小百合が友人たちの間で話題になっていたころ、日活のスターシステムには全く関心がありませんでした。せいぜい今村昌平作品には好奇心から“見たい”と思っていた程度。無国籍アクションという奴にも興味はありませんでした。そんなときに熊井啓の「日本列島」が出て、少し“社会”を意識したころだったので見に行きました。でも今となっては芦川いづみの顔以外、語るべき映画ではないと思う。

ということで、日活の女優さんなら芦川いづみでした。最近チャンネルNECOと契約したので、当時見る気がなかった芦川いづみ作品を見ることができます。この「誘惑」もそのひとつ。1957年作品ですから、芦川いづみ22歳の作品です。「日本列島」のときはすでに30歳だったんだ。そういえば「執炎」にも出ていましたね。

でも「誘惑」の主演女優は左幸子であり、渡辺美佐子だと言えます。芦川いづみ千田是也が昔惚れていた女性の役で、その娘との二役。左幸子千田是也の娘役で、母親との二役を演じていますから、芦川いづみがその手で再登場するのが待ち遠しかった。91分しかないのに、娘役の芦川いづみがずいぶん後まで出てきません。

原作は伊藤整の同名小説だそうです。脚本は大橋参吉。この脚本家、これ1作品しか検索できないのですが、詳細をご存じの方、ご教授ください。誰かの変名じゃないかと思う。やたら心に浮かんだ気持ちをナレーション(ボイス・オーバー)で語るのですが、ここまで堂々とやられると恐れ入ります。とことん説明なんだけど、取ってつけた説明だと捨ててしまうわけにはいかない雰囲気なのです。

たとえば左幸子父親千田是也に対して感じることとか、千田是也が娘に感じることが、ぽんぽんと言葉で語られるのですが、その画面のそれぞれに“生きている”実感があるから、昨今の日本映画のように“レッテルを張っただけの説明”ではないように思える。これがとても重要なポイントだと感じました。

そして、左幸子の嫁入り話と千田是也の再婚話をモーメントにして、多数の男女が交錯します。これが原作によるものか映画の勝利なのか、ちょっと原作を読んで調べたくなりました。←図書館に依頼中。

ざっと出演者を拾い上げると、千田是也左幸子安井昌二渡辺美佐子小沢昭一、葉山良二、芦川いづみ長岡輝子中原早苗、高友子、轟夕起子二谷英明宍戸錠天本英世殿山泰司、浜村純、そしてゲストとして東郷青児岡本太郎が顔を見せています。

中原早苗も22歳。他人の意見にすぐ乗ってしまうグラマーな若手前衛生け花家という役どころでした。天本英世のチョイ役は当然としても、二谷英明宍戸錠左幸子のお見合い相手というチョイ役なのでびっくり。そして何より渡辺美佐子がいい。無愛想な店員のときもいいけど、様変わりしたときの柔らかさ、最高でした。

麹町4丁目が、こんなお屋敷街だったんだとか、銀座のすずらん通りが基本的な舞台だとか、あの時代の東京風景が楽しめます。森永の電飾看板が見どころ。←すでにチョコレートでしたね。五社協定で俳優の引き抜きができなくなって、自社の俳優を必死に養成していたのでしょう、千田是也らの新劇人が若手を鍛えていたらしいと推測できる、貴重な作品でした。

そして芦川いづみが見せる、55歳の千田是也に対する優しいまなざしに、映画だと知りながらもとてもいい気持になってしまうのです。マンガ的なタッチを越えて、こんな味わいを残してくれるとは、やはりこの時代の映画は真剣に娯楽を提供していたのだと実感できました。←そうじゃないやっつけ仕事の映画もあるけど、それは無視しましょう。