ピーター・J・マクミラン『英語で読む百人一首(文春文庫)』文藝春秋 2017年4月刊

昨日読んだ本。

ピーター・J・マクミラン『英語で読む百人一首(文春文庫)』文藝春秋 2017年4月刊。

https://bookmeter.com/books/11562517

https://www.amazon.co.jp/dp/4167908417

百人一首の和歌を全然知らない、というひとは少数派ではないでしょうか。日本の美のスタンダードとも言える百の和歌が、美しい英語になりました。

英語に訳したのはアイルランド生まれのピーター・J・マクミランさん。英文学博士号を取得後、客員研究員としてコロンビア大学オックスフォード大学といった名門に籍を置き、やがて日本の文化と歴史に魅了されて日本に移住、いまでは在住歴25年を超えます(日本語もペラペラ)。自ら詩を発表したこともあるマクミランさんの英訳・百人一首は、かのドナルド・キーン氏も太鼓判を押す仕上がりです。

「春すぎて」と聞けば「衣ほすてふ天の香具山」、「ちはやふる」と聞けば「からくれないに水くくるとは」。カルタや古文の授業、あるいはマンガなどで親しんできた百人一首の和歌ですが、いざその意味はと問われると戸惑うこともしばしば。本書では見開きの右ページにもともとの和歌を、左ページに英訳版を掲載、ひとめで両者を見比べられるレイアウトになっています。

よく知っていたと思ってきた和歌を英語で読み直すと、新たな光源を当てられたように、その意味が新鮮に立ち上がってきたり、いままでぼんやりしていた意味がぱきっと見えてきたりするのです。

英語を知りたいひとにはもちろん、百人一首をもっと深く味わいたいひと、日本の美を海外のひとたちに伝えたいひとにも是非お読みいただきたい1冊です。」

日本在住歴25年以上な1959年アイルランド生まれ(ピーター・トレメイン『修道女フィデルマシリーズ』の読者なら地名を知っている)キルデア出身の著者による小倉百人一首の英語訳ですが、英文を読む気力のない私は、巻末p.209-269の「あとがき(小山太一訳)・謝辞・参考文献」だけ読みました。

百首全部の鑑賞が記載されてはいませんが、「九 小野小町 花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」については、二か所に分かれて6ページも説明されていて読み応えがありました。

小野小町が技巧を凝らして詠んだ九番は、百人一首のなかでもとびぬけて複雑である。この歌のレトリックの込み入った構造を分析してゆくと、新たな難題の山が翻訳者の前に築かれることになる。この驚くべき凝縮度を持った歌は、日本語の三十二音の中に鮮やかに収められている。

この歌の言葉のほとんどは、二つないしそれ以上の意味を持っている。語の意味を列挙してみよう。

[略]

読みの多様性のゆえに、第一・二句は、明瞭に異なった三つの意味を持つことになる。

?桜の花が色あせてしまった、という文字通りの意味。

?美しい女(花)の魅力、容色、官能性が失われてしまった、という比喩的な意味。

?人の心もまた花(のよう)である、という比喩的な意味。

最も単純なレベルでは、この歌はむなしく咲いて長雨に散ってゆく花を詠んだだけのものである。だが、第三句以降、この季節的なイメージ群にひとりの女の衰えという物語が重なる。そして、これら二つのサブテクストには、詠み手の超絶的なコントロール感覚と技の冴えが隅々まで満ちわたっている。小町はこの歌の中で、女性としての衰えを嘆いてはいるが、その実、歌人としての溢れんばかりの才気と技巧を見せつけている。」p.229

「この歌の最も鮮烈な特徴は技巧の鮮やかさである。ほぼすべての言葉が重層的な意味によって飾られているため、この歌は、感情の濃密さと知的な大胆さの双方を兼ね備えている。

掛詞がふたつ――「ふる」(雨が降る/世を過ごす)と「ながめ」(眺め/長い雨)。これらの語呂合わせによって、相異(あいこと)なりながら絡みあう二つの意味の層が作り出される。

は花の色をあせさせてゆく長い雨のイメージ。もうひとつは人生の盛りを過ぎて呆然とあたりを眺めやる老女のイメージだ。」p.253

橋本治百人一首がよくわかる』講談社 2016.4

https://www.amazon.co.jp/dp/4062200104/

「花の色はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに」

「花の色は 変わっちゃったわ だらだらと ひとりでぼんやり してるあいだに」

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