半身マヒを回復させた驚くべき事例

かなり前だが、たけしの健康番組SPで、栗本慎一郎脳梗塞が取り上げられていた。

栗本慎一郎は、経済人類学者。1999年10月29日に脳梗塞を発症。

朝起きようとするが、左側がコンニャクのようになっていて力が入らず、手も持ち上がらなかったという。

この時、右脳の血管の細くなった部分に大きな血栓が発生していて、その結果血流はほぼストップし、脳細胞の壊死が始まっていたのだ。

しかしその時、本人は脳梗塞の症状だとは気づかず、少し回復した1時間後に、何と!日課のウオーキングに出かけてしまう。

そこで、記憶障害が起こり、時間の感覚がなくなり(脳細胞の酸素不足による脳の機能低下)発症3時間後にタクシーに乗り込み、呂律が回らない言語障害も起こる中で何とか病院に駆け込む事態になってしまう。

一命は取り留めるも、彼の右脳の中は直径3.5センチにわたって脳細胞が壊死していた。

脳梗塞が発症して3時間も治療が遅れた場合、ほとんど半身不随の障害者になる。 壊死した細胞は復活しないからだ。

しかし何と!彼は現在、自動車の運転もすれば、ゴルフも楽しむ。

映像ではっきり紹介されたが、やや不自由なしぐさはあっても、左半身の動きはほぼ正常だった。

どうしてそんなことが起こりうるのか?

一体どのようなリハビリがなされたのか?

脳と身体は左右反対の関係。右の脳が指令を出すと、それが神経回路を通して左半身の全ての部分に伝わり運動が行われる。

栗本さんの場合、脳梗塞による一部細胞の壊死によって、左半身を司る右脳の運動野と左半身をつないでいた神経回路が断絶してしまったのだ。

3ヶ月たっても左手はほとんど快復の兆しがない。 地獄のような日々。これまで築き上げた自信のすべてが喪失する絶望感。

しかし、栗本さんは、左手を動かすのに何か手だてはないのかと、医学書を読みあさり、ヒントを求めて格闘を始めた。

そしてついに、<人間の脳はかなり柔軟な構造で、あるところが死んだら代わりを十分にする部分がある。死んだ神経は、生き返らないが、周りで眠っている神経が助けに入る>という確信にいたるのである。

つまり、脳には身体とつながる無数の神経回路があるが、実際に使っているのはそのほんの一部分にしかすぎない。だから、1つの神経回路が断絶しても、脳を活性化させれば、眠っている神経回路が目覚め、再び身体は動くのではないか、と考えたのだ。

そこで、栗本さんは<脳をだまして、眠っている神経回路に壊死した回路の代用をさせる>という方法を考案した。

それは、鏡をつかって行うリハビリであった。

両手が入る大きさのみかん箱を用意し、中央を仕切って、そこに右手が映る向きに鏡を備え付ける。左手は鏡の裏側にあって自分に見えないようにする。右手が映っている鏡の側から見ると、まるで左右の手が並んでいるように見える。

この状態で右手を動かすと、鏡の中で、マヒしているはずの左手がまるで動いているかのように見える。

鏡を使って、動かない左手が正常に動いているように<脳をだます>ことによって、脳への刺激を強め、脳を活性化させようというのだ。

さらに、実際の左手は、介助者の助けを借りて右手の動きと同じタイミングで動かしてもらう。マヒした左手を動かすことで、身体からも脳へ刺激が送られるので、脳は活性化し、眠っている神経回路が刺激されるのでは、と考えたのである。 つまり、自分の脳をだましながら、身体から脳へ向かう刺激と、脳から身体へ向かう刺激を同時に加えることで、脳と身体をつなぐ神経回路を速やかに作ろうという作戦であった。

奥さんを初めとする多くの協力者のもと、日々、鏡を使ったリハビリが始まった。 そして・・・脳梗塞を発症してから半年後に驚異の回復を果たす。

現在(2010年、春)、 練習した結果、左手の握力は30キログラム近く。 日常生活を送るのにほとんど不自由はないという。  

これは、本当にスゴイ話だった。 全く、信じられないような事実だった。

今まで、脳梗塞による半身マヒを回復させることは不可能とされていた。 彼は「知力」によって、それを覆したのだ。

彼の成果は、最新の脳科学研究によって、その可能性が検証され始めているそうだ(マウスによる研究では、脳梗塞で失われた右脳の機能を左脳が肩代わりすることが明らかになった)。 「知は力」という言葉を、この実例ほど感じさせられたことはなかった。

栗本慎一郎さん、いやあ、畏れ入りました!